安部総理大臣が靖国神社を参拝しました。
現職の総理大臣が靖国神社を参拝したのは戦後に限ると67回あるそうですが、そのうち何回が韓国の新聞の一面に掲載されたのでしょうか。
私はそれを知りませんが、韓国に詳しい方は是非数えて欲しいと思います。
さて、韓国の反応はともかく、アメリカやロシアまでが非難していると喜んでいる方もいますが、私は靖国神社への参拝はしたければしたらいいと思います。
思想信条があるので無理にでも参拝しろとも、参拝するなとも言えません。
憲法で保証されているのですから、人より権利にうるさい方々が文句を言うのも何か変な気がします。
ただ、日本国の内閣総理大臣となれば、私人としての参拝であっても文句を言う人の気持ちはわからなくもありません。
それは「国益に反している」という言葉を振りかざせば何でも正義に見えてしまうからです。
「国益に反する」と言われ、実際に国益に反しているのかどうか誰がわかるのでしょうか。
恐らく内閣総理大臣にもその影響はわからないと思います。
だからこそ、慎重であるべきだと言うのでしょう。
しかし、わからないから何もするなとなれば、本当に何も出来ません。
何もしないよりも、目的を持って行動する方がマシだということは私達は経験で知っています。
国益だがら何もするな!というのは、私には理解できません。
安部総理大臣がどういった目的があり、意思があり靖国神社を参拝したのかは、これからいくらでも説明するべきでしょう。
説明できるなら参拝は問題ないと思います。
あとは、靖国神社はA級戦犯が祀られているからダメだという話がありますが、A級戦犯も一兵卒も御霊として区別しているわけではないと思うのです、日本人の宗教観というか死生観として。
日本人は無宗教だけど神は信じる、みたいな事を言われます。
キリスト教徒やイスラム教徒など、そういった信仰のようで信仰が無いような日本人は理解し難いようですが、私達は何も不思議に思っていません。
寺も神社も教会も墓も優劣をつけません。
そこに祀らているものを神と呼ぶことに何も抵抗がありませんし、手を合わせます。
大多数の日本人がそうだと思いますが、それは世界的には、キリスト教徒やイスラム教徒には理解してもらえないかもしれません。
私達が手を合わせる事は必ずしも崇拝ではないことは世界に知ってもらう必要はあるでしょう。
しかし、日本人の宗教観、死生観が外国から理解できないからやめろというのは、侵略にほかなりません。
文化や生活様式の侵略に危機感を持つのであれば、それは戦前の欧米列強に対する危機感と同じでしょう。
東南アジアの植民地化や改宗を見て、欧米列強に対して抱いた危機感に近いのではないでしょうか。
外圧により日本固有の文化を否定することは、日本人に危機感を持たせる可能性があります。
固有の文化を否定されることに危機感を持つ日本人を保守とか右翼と呼ぶのであればそれは仕方がないことですし、呼べばいいでしょう。
しかし、世界的に見てもこれだけ独自の文化を持ち続けた国民が、独自の宗教観を否定された事に危機感を持たない事の方が私には不思議に思えます。
0 件のコメント:
コメントを投稿